少女は、人ごみの中をゆっくりと歩いていた。
流れるような銀色のポニーテールを飾るのは細やかなレースに彩られた濃紺のリボン。幼さを残す小さな顔には、人間離れした美しさがあり、身に纏うゴシックロリータ調の服と相俟(あいま)って神秘的な雰囲気を醸し出していた。
現代科学を総結集して作られた最高峰の機械人形、その唯一の成功体である少女――リアンは、両手で抱えていた紙袋を持ち直すと、今にも泣き出しそうな曇り空を見上げた。
あと十分ぐらいだ、と自分の中の機械部分が雨の降り出す時間を予測する。正確には、八分と二十一秒後。ただ、こういった天候予測には誤差が生じやすいのも事実だ。
今の速度で歩き続ければ、家に着くのは約五分後。
(……少し、急いだ方がいいかも)
保護者であり、同居人でもある二人の青年は、意外と心配性なきらいがある。もしもリアンが雨に濡れてでもしたらきっと心配するだろう。……いや、絶対心配して、大騒ぎになる。
その情景がまるで手に取るように推察できて、リアンは唇の端を少しだけ緩ませた。
そして、歩みを速めようと足を踏み出した途端――どん、と強い衝撃が、リアンの右肩を襲った。
「あ……」
「悪ィな、嬢ちゃん!」
慌しく人ごみを駆けていく男とぶつかったのだと理解したのはそのすぐあとのこと。リアンの小さな体は弾かれて、転倒こそしなかったものの、紙袋の中身をぶちまけるという惨事を引き起こしてしまった。
ぶつかってきた男はそんなことにも気付かなかったのか、もう人ごみの中に消えている。リアンはその方向を無表情に一瞥してから、ぶちまけてしまったもの――一言でいってしまえば大量のオレンジを、拾い始める。
拾っては紙袋に戻し、拾っては紙袋に戻しの繰り返し。他人に無関心な人ごみは、オレンジを避けて通りはするものの、手伝おうとする者はいないようにみえた。
(これで、十九個目。……あと、ひとつ)
最後のひとつを探すべく、地面に視線を巡らせようとしたそのとき。
「はい」
目の前に、オレンジを持った手が差し出された。
リアンはきょとん、としてそのオレンジを見て、それからそれを持っている手を辿って肩、首、顔へと視線を上げる。
そこにいたのは少女だった。大人っぽい雰囲気は受けるものの、齢は多分リアンの肉体年齢より三つか四つ上ぐらいだろう。シャープな顔立ちに、肩先で切り揃えられた鳶色の髪。気の強そうな明るい茶色の瞳がリアンを映し、にっこりと笑う。
「これ、あなたのでしょう?」
「……うん。ありがとう、拾ってくれて……」
「お礼なんて言うことないわよ。あたしは当たり前のことをしただけなんだから。……むしろあたし以外に手伝う奴がひとりもいないなんていうこの状況が最悪なのよ」
我関せず、といった様子で通り過ぎていく人ごみを忌々しげに睨み付けながら、少女は不愉快そうに吐き捨てる。
「……にしてもすごい量のオレンジね。もうちょっと持てる量とか考えて買ったら?」
そらからすぐに再びリアンの方へと視線を向けた彼女は、小さな紙袋いっぱいに入った合計二十個のオレンジに目を遣り、少しだけ呆れたように眉を寄せた。
「買ったのは三個だけだから……」
「……は? じゃあ、他のオレンジは? ……ま、まさか盗んだとか言わないでしょうね?」
「ううん。お店の人が、おまけにってくれたの」
「…………あぁ、なるほど」
ひどく納得した様子の少女に、リアンはただただ首を傾けた。
「ねぇ――」
――何が『なるほど』なの?
問いかけようとした言葉は、ぽつりと頬を打った雫に飲み込まれた。
「あ……」
雨、だ。オレンジを拾うのに手間取った所為で、いつの間にか十分経ってしまっていたらしい。ぱらぱらと落ちてくる雫に目を細め、リアンは空を仰いだ。
「あぁ……降ってきちゃったみたいね。とりあえずあそこの店先で少し雨宿りしましょう? そのままじゃ濡れて紙袋が破れちゃうわ」
ぐい、と手を引かれるままに、リアンは名前も知らない少女と屋根のある店先に並ぶこととなった。
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