玄関を開けた倉橋(くらはし)翔(しょう)の目に飛び込んできたのは、気まずげに顔を顰める相棒と、その手の先にいる十歳前後の少女だった。
「……えーと、元のところに戻してきた方が良いんじゃないかな」
「拾ってきてねぇ! つーか犬猫と同じ扱いなのか!?」
「あれ? 違うの? ユキさんのことだからてっきりまた拾ってきちゃったのかと思ったんだけど」
相棒――桂林(かつらばやし)雪夜(ゆきや)の、頭一、二個分低い位置にある顔を見下ろし、翔は小さく笑ってみせた。
「お前は……!」
何かに堪えるようにこめかみを押さえながら、雪夜は深々と溜め息を吐く。それから手を握っている少女を中へと押し込んだ。続きは部屋で、ということなのだろう。
「さ、君もこっちにおいで?」
呼びかけに、その少女は無表情のまま顔を上げた。インディゴブルーの、吸い込まれそうなほど大きな瞳で見つめられ、翔は思わずぎくり、とした。
長い銀髪に頂く濃紺のミニハット、装飾の華やかな、いわゆるゴシックロリータ調の服。その少女は、良い意味でも悪い意味でも人形と間違えてしまいそうな容姿の持ち主だった。人形のような端正な顔立ち――だがその美貌は、これまた人形のごとく、何の表情も表さない。
「何ボサッとしてんだよ、翔」
「あ、うん……」
一足先に室内へと足を進めていた雪夜が、振り返りながら訝しげな視線を向ける。はっとして、翔は再度少女を中へと促した。
二人で住んでいるにしては少々立派すぎるマンションの一室、玄関から伸びる廊下の左右に一部屋ずつ。先頭を歩く雪夜が、その二つの部屋の前を通って、奥にあるダイニング・リビングへと続く扉を開けた。
室内は、柔らかな日差しに満ちていた。大きなテレビが一台に、優に三人ぐらいは座れそうなソファが一つ。対面式のキッチンの前に四人がけのテーブルがあるものの、椅子は二つしかない。
そこまできて、ようやくカーペットの上に畳みかけの洗濯物が置きっぱなしだったことを思い出し、翔は思わずしまったと思った。まだ十歳前後の子供だとはいえ、女の子の前にトランクスを放りっぱなしというのはさすがにまずいだろう。……しかも自分のではないあたりがまた申し訳なさを誘う。
「とりあえず、まずは現状説明だな」
もっとも、どさり、と椅子へと腰を下ろした雪夜自身は、そんなことまったく気にしてない様子だったが。
見咎められなかったことに安堵するべきか、そういった機微にはとことん疎い相棒の大雑把さに呆れるべきか。微妙な感情を胸に抱きながら、翔はその洗濯物の山をこっそりと隣の和室へと運んでおくことにした。――勿論、トランクスは下にして。
「それで……この子、どうしたの?」
問いかけながら、ぼんやりと立っているだけの少女にもう片方の椅子を勧める。こうすると必然的に翔は立ったままということになるのだが……まぁ、子供を立たせておくわけにはいかないし、二歳とはいえ、年上である雪夜に向かって自分が座れないから立てなどと言うつもりもない。
「あーっと……。とは言っても、一体どこから説明したらいいんだか……。お前、自己紹介ぐらいは自分でできるよな?」
気難しげに頭を掻きながら、雪夜は少女へとその栗色の瞳を向けた。その視線を受けて、少女はこくり、と頷く。インディゴブルーの瞳で翔を見上げながら、小さな唇を開いた。
「――初めまして」
澄み切った清流を思わせる、綺麗な声だった。ぴたりとして揺らがない水面(みなも)に小さな波紋を立てるように、透き通った少女の声は言葉を紡ぐ。
「私はリアン。製造番号〇八一三番、自律型機械人形唯一の成功体」
その可憐な唇から、すらすらと飛び出した言葉に軽い眩暈を覚えながら、翔は確かめるように、言った。
「……人間じゃ、ないってこと、なの……かな?」
こくり、と一瞬の躊躇いもなく、少女――リアンは頷いた。困惑して相棒の方へと目を向けると、彼女の真似のつもりなのか何なのか、神妙な顔で頷かれてしまって、尚更途方に暮れた。
だって、どう見たって人間にしか見えない。
「…………とりあえず、説明は最初からでお願いします」
なんとか言えたのはそれだけだったけれど、これでも結構頑張った方だと翔は思った。
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