夏コミ用に金鴉さんの合同誌に寄稿した小説のサンプルです。
upがぎりぎりになってしまって申し訳ありません(汗)
8/11 夏コミ2日目
スペース 東フ58a 金鴉
よろしかったら足を運んで下さいね^^
斉藤(さいとう)麻友(まゆ)は文芸部所属の三年生である。ペンネームは旭(あさひ)梓(あずさ)。自称文芸部の恋愛小説家で、入部してからこのかた、恋愛もの以外書いたことがないという徹底ぶりだ。
だからこそ、たとえこれまでに類を見ないほどのスランプに陥ろうが、ちょっといい雰囲気の男女を書こうとしただけで悪態吐きたくなるほど心が荒もうが、ここで恋愛小説以外に手を出すという選択肢は存在しないのである。……あまりの荒みように、部長であり、クラスメイトでもある東雲小春には、別に恋愛ものでなくてもいいんですよ、とやんわり窘められたりもしたが。
ふぅ、と息を吐いて、麻友はだらりと体から力を抜いた。キーボードの上を走らせていた指先がぶらりと揺れ、体重をかけられた椅子が小さく軋む。
なにかと逃げ道の多い家を避けて、部室での執筆を試みてみたものの、どうにも気が乗らない。小説を書いているというよりも、ただ文章を捏ね繰り回しているだけという感覚が抜けず、思考はとうとう恋愛小説なんて滅べばいいのに、という極論にまで達している。
重い指先をのろのろと持ち上げて、バックスペースを長押し。消えていく文字の羅列をぼんやりと見送りながら、麻友はもう一度深々と溜め息を吐いた。
真っ白な原稿を見てもなんの感慨も湧かない。これは金凰祭の店番も本気で覚悟しなければならないかもしれない、と少しぞっとして、それを振り払うように首を振る。
(やめやめ!)
そんな想像はシャレにもなりはしない。原稿は明日から頑張る、とダイエット宣言と同じぐらい信憑性を欠いた誓いを心に立て、麻友はさっさとパソコンの電源を落とした。
荷物と鍵を持って立ち上がり、慣れた動きで戸締りを確認。部室もしっかりと施錠して、指先でくるくると鍵を回す。
スランプの原因はわかっている。単純にネタがないのだ。麻友はそれをときめき不足、と表現しているが、人によっては萌え不足とも言うだろう。……要するに、なにを書いてもきゅんと来ないのである。書いていてこれほどつまらない恋愛小説もないだろう。
(あーあ……)
「どっかにときめき落ちてないかなー」
思わず口に出してしまうほどネタに飢えていた麻友は、その直後、足元でかさりと音を立てたそれを拾い上げ、初めて運命の出会いというものを実感した。
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