ずっと好きだった先輩が、親友と付き合い始めた。
小さな神社の片隅で、制服が汚れることも構わずにしゃがみこんで、華岡ひなたはぐすりと鼻を鳴らした。
『ありがと~っ! ヒナのおかげだよぉっ!』
ぴょんぴょんと飛び跳ねながら、嬉しそうに笑った親友の顔を思い出す。おめでとうと返した自分の顔は、外から見てもちゃんと笑えていただろうか。友人の幸せを祝っているように見えただろうか。
(とんだ茶番劇だ……)
ふぅ、と涙と一緒に詰まった息を吐き出して、ひなたはゆるりと顔を上げ――目の前に迫ったなにかを知覚して、そのまま思いっきり尻餅を付いた。
「なっ、ななな……っ?」
「あぁ、やっと気付いたか」
少しだけ距離を取って、ようやくそれが人の顔であることを認識する。脱色したものとは明らかに違う綺麗な銀髪と、浮世離れした琥珀の瞳。齢はあまり変わらないであろう青年の顔が、覗き込むようにひなたの眼前にあった。
思わずぽかんとしてしまうこと数秒。ひなたと同じようにしゃがみこんでいた青年は、ゆっくりと立ち上がりながら、言った。
「泣き止んだようで安心した。塒の前で泣かれるのは、さすがに俺もちょっと居心地が悪い」
「え、なっ、いつから見てたの!?」
「……初めに突っ込むべき場所はそこか? もっと最初は『誰?』とかそういう質問を期待していたんだが……」
「うるさい! 私からしてみればあんたの正体よりも泣いてんのを見られてたことのほうが重要なのよ!」
吠えるように言い募れば、彼はそういうものか、と少しつまらなさそうに納得して、尻餅をついたままのひなたへと手を差し伸べた。
あまりにも自然な動作に促されるまま、引っ張り起こして貰ったひなたは、ありがとうと口にして、すぐさまなんとも言えない気分になって顔を顰めた。――立たせて貰うとか、自分は子供か。
砂がついてしまっただろう制服のスカートを軽く払い、頭ひとつ分ほど高い位置にある青年の顔を見上げる。
「どういたしまして。……それとさっきの質問の答えだが、お前がここに来て、立ったままぼろっと泣き始めて、そのまましゃがみこんだときから見てた」
「まさかの最初から!?」
泣き出してからなら、自分もあまり周りに意識を向けてなかったから、少しは諦めが付いたかもしれない。でもまさか最初からなんて……。
恥ずかしさに耐え切れずに顔を手で覆いながら、ひなたは悶々と考える。泣きながら、自分は変なことを呟いたりしていなかっただろうか。意識してはいなかったが、頭の中では思い出せないぐらい様々な思考を捏ね繰り回していた覚えはある。それが喩え一部でも口から出ていたとしたら……考えるだけでも顔から火が出そうだ。
(ああぁ~、誰もいないと思ったから思いっきり泣いてたのに!)
そこまで考えて、ひなたはあれ、と思う。手で覆っていた顔をゆるゆると上げ、きょとんとしている青年の顔をもう一度まじまじと見遣る。少し先輩と似ているな、という余計な感想は隅に置いておくとして――彼は一体、どこにいたのだろう。
この神社は、小さな、と形容できるだけあって、顔を巡らせればぐるりと見渡せる程度の広さしかない。出入口は、元々は赤かっただろう鳥居がひとつだけで、その下には狭い階段。社というよりは、祠といったほうがまだしっくりくるような社殿と、申し訳程度に設置された賽銭箱があるだけの、極めて寂しい神社である。人がいればすぐにわかるだろうし、隠れる場所なんてあるはずもない。
だが事実、この青年はここにいた。それはつまり、彼だけの隠れ場所があるということではないのか。
あとから来て勝手に泣き出したのはひなた自身だが、それを覗き見るような真似をしていたとしたら感心できない。
「……あなた、一体どこから見てたの?」
ひなたの非難を含んだ問いかけに、青年はどこか嬉しそうに唇の端を吊り上げながら、答えた。
「俺はずっとここにいたよ。言っただろう? 塒の前で泣かれるのは、って。」
彼の長い指が示した先は祠。訝るひなたに、彼は満足そうに頷いてから、続ける。
「俺は、ここに祀られているモノだよ。お前達人の子は、それを神と呼ぶんだったか?」
にぃっ、と笑みを刻んだ彼の顔は、やはりどこか、失恋したばかりの先輩に似ている気がした。