「――私達、姉弟になりましょうか」
家族を失い、孤児院へと入ることとなったその初日。希瑛(きえい)に向かってそう微笑みかけたのは、偶然同じ日にその孤児院へとやってきた年上の少女だった。
大人っぽい顔立ちに、黒い髪と赤紫の瞳。薄いレンズの眼鏡をかけた目元は優しく、浮かべられた笑みからは上品さが窺える。
孤児院の先生から瑛孤(えいこ)と紹介された少女は、そんな、よくいえば落ち着きのある、悪く言えば子供らしからぬ子供だった。
「……なんでだ?」
「なんで、とは?」
ゆっくりと首を傾げる彼女に、希瑛は眉を寄せて、警戒心を隠すことなく問いかける。
「なんで、そんなことを言う?」
「理由が必要かしら?」
普通は必要だろう。そう思いながら、希瑛は少しだけ呆れて瑛孤を見遣る。彼女と自分は紛れもなく初対面だったし、孤児院の先生曰く、ここに来た以上はみんな家族よ、とのことだったから、わざわざそんなことを言われる意味がわからない。
訝しげ、と表現するには少々疑惑の強い眼差しを受けて、彼女はくすりと小さく笑みを洩らした。希瑛と目線を合わせるように屈み込み、そっと目を細めながら、言う。
「理由は、みっつ」
赤紫の瞳が、とても優しい色をして希瑛の顔を覗き込む。希瑛はその瞳をまっすぐと見返し、その続きを待った。
「ひとつ目は、あなたと私が、同じ日にこの孤児院に来たから。ふたつ目は、あなたと私の名前、『瑛』という字が同じでしょう? 偶然とは思えない、縁のようなものを感じない?」
「…………」
随分簡単な理由だな、と希瑛は密かに思う。いや、思うというよりは、軽い失望に近かった。何かを期待するほど、希瑛は瑛孤を知らなかったが、それでもあのとき、希瑛は何かを感じていた。それが何かは、自分でもわからなかった。……けれど。
「みっつ目は――」
けれど瑛孤は、まるで希瑛の心をわかっているかのように、白い手をゆっくりと持ち上げたのだ。希瑛よりも少し大きな手が、そっと頬に触れ、包み込むような温かさに、亡き母のことを思い出す。あの人も、こうして温かい手で希瑛に触れていた。
「――あなたの瞳(め)が一番、家族が恋しいって言っていたから」
それは、心に染み込むような、静かで穏やかな声だった。
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