既刊その7。
以前ブログに上げていたシリーズものの出会い編です。
続くかは不明で、今のところ読み切り。
サンプルは読みやすいように改行を変えてあります。
しんしんと降り続く雪が、街を静寂に貶めていた。
不夜城と謳われる賑やかな花街も、煌びやかなのは表通りだけ。ひとつ道をはずれれば、雨風にさらされて灰色に汚れた雑居ビルがところ狭しと並んでいるだけの寂しい姿を露にした。閑古鳥が鳴いているような場末のバーの看板が薄ぼんやりとした光を放ち、申し訳程度に立てられた街灯がちかちかと明滅を繰り返す。
地面の雪は踏み均されて茶色く、静かに振り続ける雪も混ざり合ってお世辞にも綺麗とは言い難い。――冷たいだけの、氷の結晶。
人の往来も決して少なくはないが、それでも表通りに比べれば微々たるものでしかない。雪に音を喰われている今、人々は皆、少しでも寒さから逃れようと背を丸めて歩いていた。
そんな中を、一人の男が淀みない足取りで進んでいく。夜闇に紛れるような黒い髪に、翡翠の瞳。眉目秀麗というに相応しい顔は、こんな天気でなければ異性の目を惹いていただろう。誰もが俯きがちに歩く中、彼だけがまっすぐと前を向いていた。ぴんと伸ばされた背筋から流れる黒いコートが風に翻り、長い足が裾から覗く。
早足なわけではなく、かといってゆっくりとしているわけでもなく、男は一寸の狂いもなく同じ速さで歩を運んでいた。
「……ねぇ、キミ」
呼び声は、決して大きなものではなかった。ただ、この静寂に包まれた雪の夜にはよく響く、甘く残酷で、そして途轍もなく愉しそうな声だった。
黒髪の男は振り返る。少し奥まった雑居ビルの影に、四肢を投げ出して座る人影。――それは、男のようだった。白を通り越して、病的なまでに青白い顔は、痛々しい傷や内出血さえなければ整ったと表現していいだろう。艶やかに光る唐紅の瞳を細め、唇の端をきゅうっと吊り上げて。
「キミ、血の匂いがするね」
氷の温度を思い出させるような蒼い髪を持つ男は、心底愉しそうに、笑った。
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