「~~~◎◇%$&#ッ!!」
その日、桂林(かつらばやし)雪夜(ゆきや)の朝は、表現しがたい相棒の絶叫から始まった。
「……??」
飛び起きたベッドの上で、雪夜は大きく首を傾げながら、寝癖のついた赤褐色の髪に指を差し入れ、がりがりと頭を掻く。
(……なんだったんだ、今の……)
言葉になっていないというか、むしろ人の言語としての形を成していなかった気がする。
亜麻色の髪に、橙色の瞳。年下のくせに雪夜よりも頭一個半ほど高い体躯を持つ優男。穏やかでのほほんとした性格を、簡潔に言い表すならば、天然と称して問題はないだろう。あるいはマイペースか。……雪夜の相棒である倉橋(くらはし)翔(しょう)という人間は、そういう男だ。
その彼が、言葉を忘れて取り乱した。
これが、命に関わる危機――例えば、凶器を持った侵入者の登場とか――ならば、経験上雪夜のほうが先に気付くはずだ。かと言って、なにも異常がないとするには、先ほどの絶叫は尋常じゃない。
起床と二度寝の間で数秒揺れたのち、雪夜はのそりとベッドから這い出た。下ろしたままでは鬱陶しい赤褐色の長髪を手櫛でまとめて一本に結い上げて、自室を出る。凝り固まった体を解すように軽く伸びをして、出てきた欠伸を噛み殺しながら廊下を進み、リビング・ダイニングへと続く扉に手をかけた。
「おい、翔。なにかあったのか?」
食卓を囲むテーブルの横に、翔は雪夜に背を向けて立っていた。
微動だにしない翔の背中は、雪夜の呼びかけにも答えない。訝しげにもう一度その名前を呼べば、錆び付いた人形のようなぎこちない動作で、彼は首を回し――。
「……ユキさん」
すっかり血の気を失った顔を、雪夜へと向けた。
「どうしよう、ユキさん……」
うろたえたように呟きながら、翔は今度こそ体ごと振り返る。その橙色の眼差しが放つ必死さに、思わずたじろいだ雪夜の肩を掴み、彼は絞り出すように言った。
「……ないんだ」
「え? なんだって?」
「――指輪がないんだ!!」
「……はぁ?」
思いっきり首を傾げてしまった雪夜を、責められる者などいないはずだ。
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